慶應義塾大学 医学部 医学研究科 先端医科学研究所 遺伝子制御研究部門
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大きさ(サイズ)制御機構と癌抑制との関連

國仲 慎治、直江 秀昭、佐谷 秀行

器官のサイズと細胞のサイズ

われわれ多細胞生物は各々の種において、ほぼ決まった個体サイズが存在する。このような個体のサイズは、個体を構成する器官のサイズとも比例すると考えられる。これらを規定するメカニズムはどのようになっているのであろうか。器官のサイズ制御は器官を構成する「細胞数」と「個々の細胞の大きさ」で大まかに規定することが出来る。細胞数は細胞増殖と細胞死のバランスで制御されており、細胞の大きさは蛋白合成などの要素によって決定されている。一般的に、動物の大小に係わらず、細胞の大きさは(特殊なものを除いて)ほぼ一定であり、大きさを規定するのは細胞数が重要な役割を果たしていると考えられていた。しかし、ショウジョウバエを用いた研究では、羽など特定の器官において細胞増殖を人為的に亢進させ、細胞数を増加させてもサイズ増大は認められなかった。この実験で個々の細胞を詳細に観察すると、細胞数の増加に伴い代償的に細胞のサイズが減少していることが分かった。すなわち、細胞数と細胞の大きさが相互に作用することで、最終的に器官のサイズを決定している可能性が示唆される。

ショウジョウバエがん抑制タンパクwarts(wts)/latsによるサイズ制御

器官サイズを制御する遺伝子群については未だ不明な点が多い。最近、ショウジョウバエにおいてサイズ決定に関与する分子のスクリーニングが行われ、wtsキナーゼを含む複合体が重要な役割を果たしていることが明らかになった。wts変異細胞はmitotic exit後の分化すべき状態でもcyclin Eの著明な蓄積が認められ、BrdUの取り込みも亢進し異常な細胞増殖が示唆された。通常は、異常な増殖亢進による細胞数増加に対して生体はアポトーシス(apoptosis)を誘導して最終的に器官サイズを調節しているが、これら変異細胞ではアポトーシス抑制分子であるDIAP1(drosophila inhibitor of apoptosis1)蛋白が蓄積し、更に細胞死誘導蛋白であるhidの誘導も見られず、細胞死が抑制されていた。すなわち細胞数増加がwts複合体変異における器官サイズ異常の成因として重要であり、これは細胞周期と細胞死の協調した制御の破綻によることが明らかになった。

ショウジョウバエwtsのヒトホモログWARTS/Lats1とOmi/HtrA2セリンプロテアーゼの相互作用

我々はwtsのヒト相同遺伝子WARTS(WTS)をクローニングし、さらにYeast Two Hybrid法を用いてOmi/HtrA2セリンプロテアーゼをその結合分子として同定した。OmiはWTSとの結合により活性化され、IAP (inhibitor of apoptosis protein)などを切断分解して細胞死を亢進させることが明らかになった。また、WTS自身も活性化したOmiの基質になり、この場合、WTS切断断片がG1/S期の進行を負に制御する可能性を明らかにした。WTSとOmiの相互作用によるこれらの制御は、細胞死の場合、ミトコンドリアより漏出したOmiが細胞質内でWTSと結合することで生じ、細胞周期制御では核内に僅かに存在する両者が、何らかの上流シグナルにより結合して生じると考えている。この様に、ショウジョウバエと同様に哺乳類細胞においてもWTSは細胞周期と細胞死の協調的な制御に関与していることが明らかになった。

器官サイズ制御と発癌の相関

上述したショウジョウバエにおけるwts複合体にはすべてヒトホモログが存在し、変異ショウジョウバエにそのヒト遺伝子を発現させると表現型が正常に回復することから、機能的にも高度に保存されていることが示されている。非常に興味深いことは、ヒトにおいてWTS複合体シグナルを司る分子の多くが癌で変異や発現の抑制を受けていることにある。これは、当初wtsがハエにおける癌抑制遺伝子として単離された経緯を考えると矛盾せず、またWTS/Lats1ノックアウトマウスもハエの場合と同様に腫瘍を形成することが報告されている。これらの結果から、器官サイズ制御機構の破綻が癌化への重要なステップであるとの仮説が提唱されている。実際に、器官のサイズが細胞-細胞間のコミュニケーションにより誘導される細胞の数(細胞周期、細胞死)と大きさにより決定されているとすると、癌化はこれらの連絡に異常を来した状態であるとも考えられる。

我々はWTSノックアウトマウスとmnd2マウス(プロテアーゼドメインの自然突然変異によりOmiの酵素活性が失活しており、機能的にノックアウトマウスと相同であると考えられている)を用いて、哺乳類の器官サイズ制御における、これら分子の意義とその癌化との関連について検討している。同時にWTSキナーゼの活性化および蛋白分解の機構を細胞レベルで解析している。

DNA多倍体化による細胞サイズ制御

細胞内DNA量が通常の2倍体より増加する多倍体化は広く生物界に見られる現象であるが、その発生機序および、なぜ多倍体化を必要とする組織が存在するのか、など依然として多くの興味深い疑問を抱えていると考えられる。また多倍体化は細胞のサイズを増大させる有効な手段であることは良く知られており、胎盤のtrophoblast giant cellや骨髄におけるmegakaryocyteなど多倍体化する細胞はすべて巨大である。多倍体化はDNA複製によって倍加した染色体を細胞分裂により娘細胞に均等に分配する機構が生理的にキャンセルされているという点で細胞周期進行の特殊な例であるといえる。そのため、通常の細胞周期を多倍体化へとシフトするような巧妙な制御機構が存在することが予想される。我々は、細胞周期進行を制御している2つのシグナル、リン酸化と蛋白分解のうち、後者に注目して多倍体化制御機構の解明を目指している。そして、多倍体化の生理的意義を器官サイズ制御との関連も含め検討していきたいと考えている。

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